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塩麹も続くときつい

ホームパーティーも買ってきたものを並べてるだけなんて芸の無いことをやってるうちに、飽きられてくる。で、下手でも自分で作ったものを、とか、持ち寄りのホッジホッジ型を試してみると、これが思った以上に好評で驚いてたりする。

変化のない安定志向の人生を好んでる人たちと自分と周囲の皆様のあり方を看破したつもりでいて、実は結構変化を求めている、刺激がないと命にかかわることになりかねない、こういう一面もあったほうが面白い。

朝は梅ちゃん先生の顔を見ないと始まらないが、その後のあさイチ、オトナの世界の流行を漏れなく知っておくには重宝するのだが、あさイチで紹介された贖罪は、その日、スーパーから消える、という現象、これをもって国民的番組とは敢えて呼ばないが、このあさイチで紹介されたレシピや健康法は一通り試してみる、こういう流行に身を任せる生活、積極的に踊る阿呆になってみるのも、また面白いものである。

そして塩麹。

塩麹のことが書いてあるレシピ本をあれもこれもと調達してきて、例えばおのみさ先生の麹のレシピや伏木暢顕先生の発酵食堂ですね、色々と試し始めてかれこれ一年もたったでしょうか。当時は市内のスーパーのどこにも置いておらず、平塚の紀伊国屋でも無いと言われ、しばらくしてやっと駅ビルの成城石井に入ってきた、そういう時代であった。

今や、街の酒屋さんの店頭に、塩麹入りました、そういう張り紙があるご時勢。

この塩麹、ホームパーティーで最初に使ったときは、きょとん、とされた。

何これ。

美味しさがあまり理解してもらえなかった。

次に、あ、これ美味しい、という覚醒の時代。

で、今は、あ、また塩麹、という流行の後の荒廃の始まりにすら見える昨今。

麹をうまく使うレシピは、永遠です、そう確信をもって言わせていただきますが、当面、塩麹に短時間つけただけのナイーブな料理、これはもう、卒業の時期を迎えたと申し上げたい。


一生懸命作った料理が、惣菜店RF1に並んでる商品に負ける。買って並べるだけの人の勝ち。これじゃ頑張って料理勉強する気にもならないよ。

と諦めるのはまだ早い。

惣菜屋のチェーン店とはいえ、店によって味が全く同じではない。といか、絶対同じだろうという超有名焼鳥店、郊外の出店で買ってびっくりしたことがある。セントラルキッチンですべて作るというならいざしらず、お客の前で実演販売してるぐらいだから、出来栄えは調理人さんの腕次第。

ということで、実は地元のRF1の店にも、かねてよりサラダ系で疑問を感じている。これは、あの横浜高島屋の地下に入っているRF1と、同じ味なのか、と。

ううむ、だったら自分で作ったほうがいいでしょ。

Nobody beats me in the kitchen.

なんて台詞もありましたな。全然違う意味だったけど。

自分で料理するメリットとしてまず、素材に凝れること。買ってきたものは、どんな食材を使っているのか、普通はわからない。素材にこだわれば、話題もできるし薀蓄も騙れる。出すほうも食べるほうも、料理以上に楽しみがある。医者にコントロールされている素材をコントロールできるのも無視できないメリットだ。

また、大きなポーションを作れるのもいい。買ってくるものは、一切れいくら。コストが数に比例するから、ホールサイズで買えるとは限らないし、全部あらかじめ切れ目が入ってるというセントラルキッチン派の事情もついてくる。

調理の最後のステップをテーブルでやる、それを食べる人がやるのも一興。あちらのレストランで、アンチパストってでかいボールにチーズの塊がいっぱい入ったサラダが出てきたとき、これをかき混ぜるのも一つのエンタテイメントなんだなあと感じたものだ。

最近は身内で集まるパーティーが、なんだかケータリングものばっかりで、面白くなくなってきた。自分で料理してくれたって喜んでくれる客があって、はじめて自分で料理するモチベーションも生まれるというもの。客がホストを育てるのだ。